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「どうして?血はつゞいていなくてもこゝの家とは親類ぢやありませんか」
その時、彼等は近くに坐つている房一に気づいた。話に出ている鍵屋の分家とは、まさに房一の借りている家のことだつたし、その所有者は神原喜作にちがひなかつたから。
「チブスじゃないです。医者は何とか言っていたですが、まあ看病疲れですな。」
「おや、いつのまにそこに来てなさつたかね。お茶ですか、上げますとも」
彼はそれを云ひに来たのだつた。
「いや、あの晩の、ほんの三二日前です」
と、房一はそれまで彼のわきにおとなしく坐りこんでいた犬に声をかけた。川を渡る間中、落ちつかない様子で、普通に地面に坐るのとはちがふ感じにぺつたり船底に腰をつけて時々中空に鼻を上げて、何かの匂を嗅いでいた犬は、房一が自転車を持ち上げるのと同時に、足の下からさつと河原にとび降りて、そこら中を駆けまはつた。
「お粗末ではござりまするが、どうぞごゆるりと」
今、彼の目の前には大石医院の塀づくりの家が立つていた。その家は彼が借り受けたあの古びた家とふしぎに似通つていた。ちがふのはもつと大きやかで、手入れのよく届いていることだつた。築地の壁土は淡黄色の上塗りが施され、一様に落ちついた艶を帯びていた。そして、玄関に向ふ石畳は途中二つに分れ、右手は別建の洋風な診察所につづいていた。房一は瞬間どちらへ行つたものかと思つたが、左手によく拭きこまれた玄関の式台を見ると、まつすぐその方に進んだ。
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
「いや、――わしはそんなこたあ嫌ひだ」
それはまるで、よほど深く知り合つた間柄の、何年か見ずにいた者同士だけがやるやうな並外れて馴れ馴れしい様子だつた。
「おい、早く早く」