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今泉はうつむき気味に、すぐ前に坐つている庄谷の背中を見つめていた。するとその肩に一本の糸屑がくつついているのに気づいた。彼はそつと手を伸してつまみ上げた。庄谷はうしろをふり向いた。その白味の多い小さい目で無意味ににやりとした。そして又元の眠つたやうな無表情にかへつた。
「うむ」
「あのね、何ですよ――」
「ほう、さうか。それはちつとも知らなかつた」
それを今又さつぱりとやつてしまつたのだ。髯のなくなつた彼の顔は、ずつと前のそれに逆戻りはしないで、病後の面変りも手つだつて、その円つこい縮ちゞかんだ輪郭が何かしら小さく、愛くるしげに見えた。
と、その小柄な身体から出るとはとても思へない、幅のある、濁だみ声で云つた。
「わたしはね、こいつは割れさうだなと思つたもんでね」と、笏で自分のはいている木沓を指して、
「心臓は多少弱つているが、大したことはない。――いゝかね、あんたの身体はもともと丈夫な身体だ。ようく診たがどこも悪くはない」
神経質な目ばたきをしながら、練吉は口早に引きとつて云つた。
「ふむ、ふむ」
時々、澄んだ甘い柔味のある、痩せたすんなりした身体つきを想像させるやうな盛子の声が、はじめは稍張りのある調子で起つて、途中で何かしらはにかんだやうに細く聞えがたくなり、又時々ピツと語尾が跳ね上るやうになつて響いて来た。それは身体の動きとは別に、声そのものが絶えずどこかに柔かくくつついたり離れたり、又そこらを歩きまはつたりしているやうであつた。
小谷はしばらく放つていた糸を手許にひきよせて、水の中の鮎を眺めながら云つた。
「あゝ、まだ持つてる!」