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正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。
この分では永くなりさうだと思つて、房一が腰を浮かし気味にすると、
――もともと、練吉は房一から対診を頼まれたことさへ少からず意外だつた。これが若し、自分の場合だつたら、それは弱味を見せるといふことだつた。彼はまだ、房一に対診を頼むやうなことはつひぞ考へたことはなかつたし、これから先だつてそんなことを考へつきはしないだらうと云ふより、練吉には漠然と、房一を自分と同じ医者だと見る気にはいまだになれなかつたのである。
彼は眩しさうに眼をしかめた。それから、酔つて居なくても同じやうにふらりとした足つきで河の方へつゞく露地の間へ入らうとした。そのとき、何を思つたか足をとめて、路上に突立つたまゝ上手の方を眺めた。
「うむ」
実際、練吉の滑つこい気持よくふくらんだ頬には、その時ちらりとした微笑の影がさしていた。
「これですか――?」
さう声をかけながら、練吉は近眼鏡の下から切れ目をぱちぱちさせ、気安げに、眠つている道平の顔の上にのぞいた。
房一は手足を洗ふと、簡単に診察着をひつかけて表へ廻つた。
房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。
「あれは何でせう、知吉さんといふ人は悪く云ふと娘をひつかけて相沢の家に入りこんだやうなもんでせう」
房一は鬼倉に向つて叮重ていちように云つた。
「これはどこに置きますかね、この漬物桶は。――はい、はい。どつこいしよ、と」