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結婚してもう三四年になるが、いまだに出たり入つたりを繰り返している茂子は、練吉にとつては三度目の妻だつた。最初のは男の子を一人のこして去つた。二度目は半年もたゝないうちに大石の方から帰した。今度の茂子の場合だつて、当人も居辛からうが、大石の側でも面白くはない、どうでもいゝと云つた調子であつた。そして、ふしぎなことにはかういふ態度は大石の正文老夫婦から出ているので、練吉の方は吾不関焉われくわんせずえんといつた風があることだつた。
彼には、何の縁故もないその男が医者としての自分をたよつて来たのが何よりうれしかつた。あの男はおれの一番最初の患者と云つてもいゝ位だ。それがありがたいことにうまく行つたのだ。何しろ、寄生虫にはやく気がついてよかつた。あんな風だと、前に大石医院で診察をうけていたのかもしれない。塔の山と云ふのはたしか下の半里ばかりの所から山に入つたあたりだつた、――さう考へているうちに房一はふと昨夜往診をたのまれたことを思ひ出した。
「何でも大分前からこゝの御隠居にかけ合つていたさうぢやありませんか」
「大きいとも、こんなのを見たのは久し振りだ」
徳次はいつのまにか腕組みをしていた。あのあてずつぽうな、そゝつかしい、力りきんだ様子が現れていた。
「ふん。何でもありやせんよ。大方、腹でも痛かつたんだらう」
今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。
彼はもう何度も家の内外を行つたり来たりして、「高間医院」のでき上り工合を綿密に眺め歩いていた。新開業の胸のふくらむやうな思ひが、とりとめもない快感が次々と起きて片時もぢつとして居れない風だつた。
「まあ、それあ――」
「御機嫌だつたね」
と、微笑しながら頭を下げた。
「御病人はどちらで?」
――「それに、おれは今まで散々したい放題のことはして来た。そろそろ、親の云ふことは聞いてもいゝ頃だ」